晴れ着
- 晴れ着
ちょっとはにかんで、でも誇らしげに振袖を着た成人式の写真。
町の写真館でよく見かける、そんな写真を、私は大きく引き伸ばしてメモリアルコーナーに飾りました。
「お母さん、見事なお着物ですね。お嬢様、よくお似合いです」と私は声をかけました。
「ええ、頑張って誂えました。良い着物でしょう?」
それはグリーン地に、大輪の花が描かれた素晴らしい友禅の振袖でした。
二十代、一人娘、そして知的障害者・・・・。
葬祭のプロとして、さらに同じ年頃の娘を持つ母親として、祭壇の花、メモリアルコーナーづくり、BGMの選定、お別れの言葉の演出と、ひとつひとつに心を配りました。
式当日。お母様が大切そうに、風呂敷包みを抱えていらっしゃいました。
「この着物、娘に持たせたいのですが・・・」
一瞬、「えっ」と絶句した私。
「思い出に取っておかれなくてもよいのですか?」
「いいえ、この着物は娘にあげたものです。障害者として産んでしまい、結婚もできず、不幸な人生を歩ませてしまいました。今の私にできることはこれくらいで・・・」と泣き崩れたお母様。私は手を取って差しあげることしかできませんでした。
生まれながらに知的障害を持ち、両親の離婚、そして短い人生・・・他人の私が、故人のことを安易に語ることなどできません。でも、私はお母様に語りかけていました。
「お母さん、生まれてくる子供は親を選んでくるそうです。お嬢様がお母様を選んでくれたのです。どうぞ不幸だったなんていわずに、今日は『ありがとう』の言葉で送ってあげましょう」
司会者にお願いして、急遽振袖をお嬢様に持たせてあげることを、ナレーションに加えました。
いよいよ、最後のお別れのとき、その見事な振袖がお嬢様にかけられました。
それはどんな花よりも美しく輝いて見えました。そしてお母様がお嬢様の顔に頬を寄せて語られました。
「ありがとうね。今度生まれてくるときは五体満足で・・・そしてきっとまた、母娘になりましょうね・・・」
このときの光景は、映画のワンシーンのようで、今も私の心にしっかりと残っています。
後日、自宅にうかがい、お母様と冒頭にふれた故人の成人式での写真を前に、長い時間、お話をさせていただきました。
「寂しい、悲しいけれど、あのとき『ありがとう』という言葉を伝えたことで、私の永年の心の重石がとれたような気がしました。今は毎日ありがとう、ありがとうの言葉を添えて手を合わせています」
私はそれ以来、お別れの言葉は「さようなら」「ごめんなさい」ではなく、「ありがとう」と声をかけています。
まさに故人も、遺族も救ってくれる魔法の言葉です。
60歳 女性 F・U (メモリアルスタッフが見た、感動の実話集『最期のセレモニー』)