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白い百合のお母さん

   私が入社して、一年ほど経った頃のお話です。
 私は仕事に対して、このまま今の仕事を続けていったほうがいいのか、それとも辞めようか、とそんな迷いががあった時期でした。
 そんなとき一件の葬儀を担当しました。そんなに大きな規模の葬儀ではなかったのですが、祭壇や棺、お返しの品とすこし金額の大きなお宅でした。
 通夜、葬儀と無事に終え、請求書を持参し、その場で集金となりました。喪主は笑顔のチャーミングなおばあちゃんでした。
 「葬儀の返礼品のお茶は美味しくないものがほとんどだけど、今回あなたの薦めてくれたお茶はとても美味しかったと言われたわ。故人に恥をかかさずにすんで本当に良かった。ありがとうございました。私の時も担当してね。仕事辞めないで、頑張るのよ」
 葬儀後に褒められたこともあり、それから機会があるたびに、お花を届けるようになりました。
 現在のように、花の宅配便といったサービスのない時代のことです。何度か訪問しているうちにとても仲良くなり、私の仕事の悩みなども親身に聞いてくださり、いつしか「お母さん」と呼ぶようになっていました。
 三度目の花をお届けしたとき、白い菊ではなく、白い百合をお持ちしました。
 「私も主人も白い百合が大好きなの。早速仏壇に飾らせてもらいましょう」
と、とても喜んでくださいました。それからはできる限り、白い百合をお持ちするようになりました。
 半年ほどして、何度か初盆の営業にうかがいましたが、何度来訪しても会うことができず名刺だけを入れて帰りました。
 一か月ほどして、盆の話をお聞きしたいということで息子さんの勤められている学校に呼ばれました。
 「お母さん、どうかなさったのですか?」
 という私の問いに、息子さんの話ではご主人の四十九日を終え、安心したのか体調を崩され入院されているとのことでした。

 初盆の設営にうかがった際に、ようやくお母さんに会うことができました。久しぶりにお会いしたお母さんは、ゲッソリと頬がこけて別人のようでした。
 「お母さん、痩せられましたね」
 「お父さんがお迎えに来よるかもしれんね。そのときは約束どおり世話してよ」
 「お母さん、冗談を言わんといてください。早く元気になって長生きしてくださいね」
 盆も終わった十一月の初め、その夜、私は当直でした。
 私は一本の電話を取りました。聞き覚えのある声、息子さんからでした。
 「ちょうどよかった」が最初のひとことでした。
 「どうなさいました?まもなく一周忌ですねぇ」
 「実は今しがた母が亡くなりました....あなたにぜひ葬儀を担当してほしいと言い残して....」
 私はビックリして「すぐうかがいます」とだけ伝え、車に飛び乗りました。
 
 最初に向かったのは、病院ではなく花屋さんでした。
 事情を伝え、百合をゆずってもらい病院へ向かいました。
 いつもお茶をいただいていたお部屋で、もう二度と笑うことのない「お母さん」を布団に寝かせた後、胸の上に白い百合を置きました。
 お客様の前で泣いたのは、この時が初めてです。
 「お母さんと約束していましたので、しっかりと担当させていただきます」
 涙する私に、息子さんからは「すべてお任せいたします」と言っていただきました。
 私は白い百合をふんだんに使用した祭壇で、送らせていただくことにしました。
 あれから現在に至るまで、正直言ってこの仕事を辞めたいと感じたことがなかったとは言えませんが、「お母さん」との約束があったおかげで、いまも頑張っています。
 「お母さん、天国から見ていてくださいね」


38歳 男性 H.A (メモリアルスタッフが見た、感動の実話集『最期のセレモニー』より)

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